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ウニのペペロンチーノを食べた

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出張の最中、1人見知らぬパスタ屋さんに入って、メニューを渡されました。出張という非日常が私の心を大きくしたのか、今日はちょっとだけお値段高めのメニューを頼んでしまおうかなとワクワクしながら吟味していると、私の目に飛び込んできたのは「ウニのペペロンチーノ」でした。ウニ!あの高級食材のウニが!ペペロンチーノという私の人生のソウルフードと奇跡のコラボレーション!これはすごい!カニのクリームパスタとか、生しらすの和風パスタとか、私の琴線をかき鳴らすメニューも踊り出る中、しかしこのウニのペペロンチーノは私の琴線を引きちぎって後ろのアンプに叩きつけて口から火を吹く!決定です!待って、でもお値段1990円ですって・・・!パスタにほぼ二千円出すなんて何という豪奢でしょう。最中の逡巡。ぎゅっと拳を握りしめ、しかし覚悟を決めた私は、店員呼び出しボタンを押しました。現れた店員に、あくまで自然を装い伝えます。「このウニのペペロンチーノをください」と。自然に、そして少し笑顔さえたたえて。おそらく店員は(この人・・・これほど自然にこの店の最高級メニューを頼んだ・・・富豪か何かか?)と思っているでしょう。しかし、私の両の手もじっとりと湿っているのですよ、店員さん。あなただけじゃない、この日常に突如舞い降りし非日常は・・・。ただ、そのスクランブルの主役はまさに私です。深呼吸すると、私は机をじっと見つめ、ウニのペペロンチーノが届くのを待ちました。隣に座った親子が、何らかのパスタを頼んでいるのが見えました。しかしそれはきっと、ウニのペペロンチーノでは無いでしょう。確認したわけではありませんが、きっとこの店で今ウニのペペロンチーノを所望しているのは、私ただ1人に違いありません。ウニのペペロンチーノは、それほどのもの。私は想像しました、さきほどの店員が、厨房に向かい、コックの前に立つところを。コックは訝しげに尋ねます。「おい、何だ次の注文は。早く言え」「・・・ウ、ウニの・・・」「何?」「ウニの、ペペロンチーノです」「ばっ・・・かな・・・!」よろよろと冷蔵庫に向かうと、コックは震える手でドアを開きます。その奥に大事そうに梱包された、小さくな木箱を取り出し、そっとその封を開く。それはウニ。黄金の光を放つウニ。その瞬間、厨房の時間は止まったようでした。厨房にいる誰もが、コックの一挙手一投足を見守る。その緊張が、客席で待つ私のところにも伝わってくるかのようでした。「お待たせしました、ウニのペペロンチーノです」そう言って、私の机に、ことりと一つの皿が置かれました。来た。ついに来た。1990円のパスタ。ウニの、ペペロンチーノ・・・!私は目をかっと開くと、フォークを握りしめ、パスタに向かいました。その時、違和感が訪れました。私の前に置かれたそのパスタが放つ、圧倒的違和感。ツヤツヤとオリーブオイルに光り輝く、黄色いパスタ。そして少し焦がした輪切りのにんにくが、パスタの隙間からほかほかと顔を出しています。茹で汁とオイルが乳化され、水とも油とも言えなくなった暖かいスープが、ほのかな湯気を立てている・・・。ペペロンチーノ。圧倒的にそれはペペロンチーノでした。しかし、そこにあるべきものが見えない。それはまるでボーカルを失ったロックバンドのように、力なく佇んでいる。そう、ウニ・・・。ウニは・・・どこ?私は焦りました。しかし外面上はあくまで平静を装い、あの黄金色のウニをパスタの中から探します。フォークで巣食ってみる。まさかウニはこのパスタの中に隠されて・・・パスタの余熱で表面を少し温めるタイプのウニパスタだったのか・・・?しかしそこには、ただただパスタが広がるばかり。まてよ、ウニも黄色、パスタも黄色。ウニは完全にスープと同化し溶け込み、ウニの旨味が完全に溶け出したタイプのパスタに仕上がっているのかもしれない。見た目にウニは見えなくなるまで、逆にパスタと完全に調和したウニなのかもしれない。それはまるで母なる海の中のウニが、陸からは見えないのと同じように。私は、パスタをすくいました。おそるおそる、口に運びます。食べる。食べれば全ては分かること。口に入れた瞬間・・・オリーブオイルと、にんにくのシンプルな旨味が口いっぱいに広がります。香ばしいにんにくの旨味・・・そこにウニの味が込められているか・・・どうだ・・・もにゅもにゅ・・・ごっくん。・・・畜生!わからない・・・!美味いことは美味いけれど、ウニってどういう味だったっけ・・・なんかちょっとウニの味がすると言われればするような気もするし、全然しないような気もする・・・わからない・・・どうする・・・。ここで、私はちらりと店員の様子を伺いました。彼は何事もなかったかのように、接客をしています。彼に聞くか?そう「このパスタ、ウニ入ってますか?」と。いや・・・ダメだ・・・!!私の隣には笑顔の親子が嬉しそうに何らかのパスタを食べています。そこで、突然隣の客が「ウニ入ってますか?」と尋ねようものなら、「この人・・・ウニすっごいこだわるやん・・・」みたいな感じになってしまいます。そして最悪なことに、ウニが実際入っていようものなら、「ウニ、入ってます」と言われて、「この人、ウニの味わからないのに注文したの・・・?初めてのウニだったのかな・・・クスクス・・・」となってしまい、それからのウニのペペロンチーノはもう涙の味でよくわからないパスタになってしまう。だからといって、店員が「あーウニ入ってませんでした!!失敬失敬ー!!」となったとしても、「この人ウニのペペロンチーノ頼んだのにウニ入ってなかったんだwwwめっちゃかわいそうwww」「パパこの人かわいそうー!!」となってしまい、新たにウニのパスタが来るのを待つまで、苦笑いをして、いや、まいりましたよー顔をして場を繋ぐことができるかというと、それは私には無理です!そんなメンタルは私には無い。そんな思いをするくらいなら、私はウニ無しウニのペペロンチーノを甘んじて頂く方が良い。でもその場合、最悪なのは、途中で私のウニのペペロンチーノにウニが入っていないことに店員が気づいた場合です。ウニ無しのウニのペペロンチーノがいよいよ終盤に入りかけたそのとき、店員が「あっ、お、お客さん・・・すみません・・・そのウニのペペロンチーノ、ウニ入ってませんでした・・・」と言いにくそうに言うわけです。隣のお客さんも「この人wwwウニのペペロンチーノなのにウニ入ってなかったの食べてるwww気づかなかったわけwwwかわいそうwww」となってしまい、心に汚れを知らない子供でさえやばい見ちゃいけないもの見ちゃったみたいな感じでもう苦笑いです。どうしよう。もう完全に八方塞がりです。悲しくなりました。この店に入ったころの私に戻りたい。1990円も払って、ワクワクしてパスタを頼んでいたあの頃の私に。少しの照れと期待に、心を弾ませていたあのころに。でも、時間が戻ることはありません。私は覚悟を決めました。ただ、食べ切ろう。誰にも何も言われる前に、ただこのウニのペペロンチーノ、それが果たしてウニのペペロンチーノなのかはわからないとしても、この皿の上のパスタを食べ尽くすのだ。フォークを進める。まずくは無い。でもめちゃくちゃ美味いわけでもない。それは他の人の目が気になっているからかもしれないし、ウニを入れ忘れているから未完成品としての味なのかもしれないし、ウニが入るとペペロンチーノは実際このくらいの味になるというということなのかもしれない。全てが疑心暗鬼です。しかし私のゴールは近い。すでに4分の3は食べた。あと少しだ。私は首尾よく、この昼ごはんをやりおおせる・・・そのほんのわずかな安堵が、私の視野を広げたのかもしれません。私はふと、視界の左前に映る「何か」に目が止まりました。水を入れたコップに半分隠れるようにして、それは在ったのです。確実にそこに存在していたのです。いつから?わからない。でも、きっと最初から在ったのでしょう。ただ私の意識の死角を完全に突く形で・・・。ウニ。まごう時なき、黄金の輝き。海の宝石、ウニ。それが小皿に、結構な量でこんもりと、載せられていたのです。(後乗せパターン・・・!)私は息を飲みました。悔やみました。本当に気づかなかった。店員は何も言わずにこれを置いたのだろうか。きっとそうだろう。でも、普通は気づくはずだ、そこにウニを置かれたことに。どうして俺は気づかなかったのか・・・1990円という非日常が、俺の心の冷静をそこまで奪ってしまっていたのか・・・。でも、幸いなことに、まだ挽回は可能でした。いや、場合によっては、これは僥倖と考えても良いのかもしれません。なぜなら、パスタは4分の1残っているからです。この4分の1のパスタに、本来1の量に適量とされたこのウニを全てつぎ込む。それははっきり言って贅沢の極みです。ウニの濃度としては、この瞬間から通常の4倍になるわけだから。この瞬間から、このパスタは1990円の4倍の価値、つまり7960円のパスタということになります。一国の王でもそんなパスタを食べることは出来ません。つまりこの瞬間私は王すら超えた存在ーそれはもう神なのかもしれないーそれになるわけです。こんな、こんな逆転劇が待っていたなんて・・・。私は大量のウニを少しのパスタに絡め、一気に口に放り込みました・・・!!ウニ・・・・!!圧倒的・・・・ウニ・・・!!!!ウニの味しかしない・・・!!ウニだこれ・・・!それもそのはず、ウニの濃度が強すぎる・・・!卵かけご飯に醤油を通常の4倍かけたら美味いでしょうか?辛いに決まっています。つまりそういうことなのです。ウニはあくまでウニ・・・食材・・・料理とはつまりバランスから成り立つものなの・・・。本当は薄々それはわかっていました。でも、じゃあ、今の私に他の選択肢があるのでしょうか?バランスを正常に戻すために、ウニを4分の1量だけ食べ、残りの4分の3はそっと脇に避けておくことができるのでしょうか?それはつまり1990円の価値を500円くらいまで下げることになります。私は自問しました。ワクワクして、拳を握りしめ、この店一番の高級メニューウニのペペロンチーノを頼んだあの頃の俺に、そんなことを伝えられるか?・・・出来ない。ならば、俺は食べる。この、4倍濃度のウニのペペロンチーノを、食べる。そうだ。曲げないんだ。世の中何が起こるかはわからない。でも、結果をごまかして、都合よく生きるなんて出来ない。このペペロンチーノを食べきらないと、俺が将来この日を振り返ったときに、この日はきっと辛い思い出になってしまう。だから、私は食べました。パスタの風味が漂うウニを。まずくなんて無い。ウニだから。ウニ美味い。そうとすら思えました。完食です。大きく、深呼吸をしました。コップいっぱいの水を飲み干し、レジに向かいます。「1990円です」「2千円で」店員に2枚のお札を渡す私は、注文をした時と同じように微笑んでいました。しかしそこにもう、照れはありませんでした。なぜなら私はもう、このパスタにふさわしい男になっていたのですから。